Anki(アンキ・定番の暗記アプリ)の設定を開いたら「FSRS」という見慣れない文字と数字の列が並んでいて、触っていいのか分からずそっと閉じてしまった。私にも、そんな経験がありました。FSRS は、あなたが1問ごとに押した採点ボタン(もう一度/難しい/正解/簡単の4択ボタン)と、前回から何日経ったかだけを見て、その単語帳のカードを次にいつ出すかを決め直す仕組みです。項目はたくさん並んでいますが、実際には「目標正答率」ひとつだけの調整で足ります。そして設定よりも重要なのが、採点ボタンの押し方です。「もう一度見たいから」という理由で「もう一度」や「難しい」を押すと、その通りに復習が増えます。私も実際に、記憶定着の不安から「難しい」を過剰に使用していました。でもこれ、FSRSのスマートな設計を台無しにしかねない使い方だったんです。

FSRSとは? 押したボタンから「次にいつ出すか」を決める仕組み

FSRSは、あなたの回答の履歴から、そのカードを次にいつ出すかを計算し直す仕組みです。設定を開くときは、デッキ名の横にある歯車から「オプション」に進みます。

面白いのは、FSRSに渡っている情報が、とても少ないことです。「このカードを次にいつ出すか」を決めるために受け取っているのは、次の2つだけです。

  • どの採点ボタンを押したか(忘れていた/手こずった/思い出せた/簡単だった)
  • 前回からの日数

この2つから、「このカードは今どれくらい思い出せそうか」を見積もります。カードの中身が難しいかどうかを読んでいるわけではありません。あなたが何を押したかを積み上げているだけです。

例えるなら、体温計ではなく天気予報に近いです。体温計は今の状態を直接測りますが、予報は過去の記録から「明日はこうなりそうだ」と見積もります。FSRSも同じで、「そろそろ忘れていそうだ」と見積もって、その手前で出してきます。

なぜ間隔をあけて出し直すと忘れにくくなるのか、という記憶のメカニズムについての話は、忘却曲線の読み方 覚えたことは本当に消えるのかにまとめました。この記事では、その先の「では機械はどうやって日付を決めているのか」を扱います。

設定画面でいじるのは、ひとつだけでいい

FSRSの設定を開くと、見慣れない項目が並んでいます。ただ、普段の勉強で意味があるつまみは、実質ひとつだけです。

それが 目標正答率(英語の解説では desired retention と呼ばれています)です。これは「出題されたとき、どれくらいの確率で思い出せる状態にしておきたいか」を決める数字で、初期値は90%です(出典: Anki公式マニュアル・2026年7月時点)。

上げ下げすると、こう変わります。

目標正答率復習の間隔1日の復習量忘れる回数
上げる(例: 95%)短くなる増える減る
初期値(90%)
下げる(例: 85%)長くなる減る増える

公式マニュアルは、この数字について「上げると間隔が短くなり、1日の復習が増えます」と書いています。さらに「90%を超えると負荷が急に増え、97%より上は手に負えなくなりうる」として、97%より上は勧めていません(出典: 同)。

つまり、この数字は「精度のつまみ」であると同時に「作業量のつまみ」でもあります。100%に近づけたくなりますが、その分だけ毎日の復習が積み上がります。復習が積み上がって手が止まるパターンについては、Ankiに挫折する理由と続けるコツのほうで書きました。

私は85%にしました(当初、意味は分かっていませんでしたが)

正直に書くと、私がこの数字を85%前後にした理由は、ネットで「80〜85%がおすすめ」と見かけたからです。それだけでした。その数字が何をしているのかは、当時まったく理解していませんでした。

「最適化」ボタンは何をしている?

設定画面には「このプリセットで最適化」というボタンがあります。これは、あなたのこれまでの復習の履歴を読んで、あなた用の設定値を作り直すものです(出典: Anki公式マニュアル・2026年7月時点)。

大事なのは頻度です。公式マニュアルは「頻繁に最適化する必要はなく、月1回で十分です」とはっきり書いています(出典: 同)。しかも履歴が数百回分たまるまでは、そもそも作り直す材料が足りません。

ここが、私がいちばん伝えたいところです。ずらりと並んだ数値を、自分で調整する必要はありません。あの数値の列は最適化ボタンが面倒を見る場所で、あなたが見る場所ではないからです。解説記事を読んで「こんなに設定項目があるのか」と手が止まったなら、そこは飛ばしてかまいません。

設定より効くのは、ボタンの押し方

ここからが本題です。設定を詰めることより、毎日押している4つのボタンのほうが、復習の間隔に効きます

Ankiのボタンは、意味としてはこう並んでいます。

  • Again(もう一度)
  • Hard(難しい)
  • Good(正解)
  • Easy(簡単)

FSRSが見ているのは、さきほど書いたとおりこのボタンと日数だけです。ということは、押し方に癖があれば、その癖の通りにスケジュールが動きます

公式マニュアルは、FSRSが対応できない癖をひとつだけ名指ししています。忘れていたのにHardを押すことです。

FSRSはほとんどどんな癖にも適応できますが、ひとつだけ例外があります。情報を忘れたときに「Again」ではなく「Hard」を押すことです。(中略)思い出せなかったのに「Hard」を押すと、間隔がすべて不当に長くなります。(出典: Anki公式マニュアル・2026年7月時点/筆者訳)

FSRSを作っている側の解説も、同じことを別の角度から書いています。「次にいつ見たいか」でボタンを選ぶな、「答えやすかったかどうか」で選べ、という指示です(出典: FSRS公式チュートリアル・2026年7月時点)。

自分の記録を見たら、Hardが37.6%でした

自分がこの4つをどう押していたのか、記録を数えてみました。これはAnkiの統計ではありません。私が作っている学習アプリの記録で、そのアプリも復習日の決め方にはFSRSを使っているので、押したボタンの傾向は同じように見られます。

押したボタン回数割合
Again(もう一度)42回3.6%
Hard(難しい)444回37.6%
Good(正解)696回58.9%
Easy(簡単)0回0%

(2026年7月・13日間/カード314枚/復習1,182回。私ひとりの、13日ぶんの記録です。ほかの人にも同じ傾向が出る、という話ではありません。)

3回に1回以上Hardを押していて、Easyは一度も押していません。FSRSが想定している押し方には、はっきり沿っていませんでした。さきほどの「答えやすかったかどうかで選べ」に対して、私は「次にいつ見たいか」で押していたからです。

ではそれだけ苦戦していたのかというと、そうはなりませんでした。同じ期間で2回以上忘れたカードは0枚でした。一度覚えたと判定されたあとの復習でも、忘れて戻ってきたのは33回だけです。ほとんど忘れていないのに、Hardばかり押していたわけです。

理由ははっきりしていて、答えは分かっていたけれど、カードの裏に書いた解説をもう一度読みたかったからでした。Hardを押せば早く戻ってくるので、そのために押していました。その体験と、そこで打った手(知識を別のカードに切り出す)は、先ほどの忘却曲線の記事に詳しく書きました。

この記事で見たいのは、その先です。その押し方は、復習の予定に何をしていたのでしょうか。

解答できていたので、本当ならGoodを押す場面でしたが、私はHardを押していました。Hardを押すと、Goodのときより次に戻ってくるまでが短くなります。私は毎回「まだ不安なので、もう一度見せてください」と割り込んでいたことになります。

ただし、これで自分がどれだけ損をしていたのかは分かりません。公式マニュアルは「FSRSはほとんどどんな癖にも適応できる」とも書いていて、押し方に一貫した癖があれば、最適化がある程度は吸収してくれるからです。だから「復習を無駄に増やしていた」と言い切るつもりはありません。13日・1人分の記録でもあります。

それでも、ひとつだけはっきりしたことがあります。「もう一度読みたい」はボタンで解決する問題ではなかった、ということです。読み返したい内容があるなら、その内容を別のカードとして切り出すほうが素直でした。

なぜカードを分けると解決するのか。FSRSが見ているのは、さきほど書いたとおりカード1枚につき、押したボタンと日数だけです。1枚のカードに「問題」と「あとで読み返したい補足」が同居していると、その2つは同じひとつの日付で動くしかありません。問題のほうはもう覚えているのに、補足のほうはまだ覚えていない。そのズレを伝える手段が、こちら側にはボタンしかないわけです。だから私はHardを押していました。

カードを分ければ、それぞれに別の日付が付きます。問題のほうは間隔が伸びていき、切り出したほうは短い間隔から始まります。ボタンで無理に寄せていたことを、カードの作りのほうで解決できる、ということです。

たとえるなら、毎日飲む薬と週に1回だけ飲む薬を、同じ袋にまとめて入れてしまうようなものです。袋がひとつしかなければ、どちらかの回数に合わせるしかありません。袋を分ければ、それぞれの間隔で飲めます。

「復習が20〜30%減る」は本当か

FSRSを調べると、ほぼ必ずこの数字に出会います。「同じ正答率のまま、復習の回数がSM-2(FSRSより前から使われていた決め方)より20〜30%減る」というものです。

私も当然そう書くつもりでした。ところが出典を確かめようとして、少し困りました。

確認した範囲では、公式の説明にこの数字が見当たりませんでした。 具体的には、次の5つを見ました。

  • Ankiの公式マニュアル(デッキの設定を説明したページ):この数字は見当たりませんでした。「目標正答率を上げると復習が増える」といった説明にとどまります
  • FSRSを作っている側の公式チュートリアル:数字は見当たらず、「長めの間隔を使うことで、SM-2で起きていた不要な復習の多くを防げます」という書き方です
  • FSRS公式の比較テスト(複数の決め方を同じデータで比べた公開データ):約1万人・3億件以上の復習記録を使っていますが、測っているのは「次に思い出せるかどうかの予測が当たるか」であって、復習の回数ではありません
  • その比較テストの解説記事:FSRSのほうが予測がよく当たる、という形で示されています。そのうえで「FSRSとSM-2を、まったく公平に比較する方法はありません」とも書かれています
  • FSRSの計算方法の解説:記憶の見積もり方の説明が中心で、比較の数字は見当たりませんでした

(いずれも2026年7月時点で確認。掲示板や個人の投稿までは調べていませんので、そちらに出どころがある可能性は残ります。)

ですので、この記事では「20〜30%減ります」とは書きません。どこにも存在しないと言うつもりもありません。私が見た範囲では見つからなかった、というだけです。

そのうえで、意味のほうも押さえておく価値があります。仮に減るとしても、減るのは復習の回数です。覚えられる量が増えるという話ではありません。同じところに到達するまでの手数が少なくなる、つまり浮くのは時間です。ここを取り違えると、期待した方向と違う結果になります。

そして私自身の体感を正直に書くと、切り替える前と後で何がどう変わったのかは、よく分かりませんでした。復習で困る場面が減った感じはあります。ただ同じ時期に他のことも変えているので、何が効いたのかは自分でも切り分けられていません。

それでも復習日をFSRSに任せている理由

数字を信じているからではありません。「いつ復習するか」を自分で決めなくてよくなるからです。

この違いは、演習のほうと比べるとはっきりします。過去問や演習問題は、どれを解き直すかは自分で決められても、いつ解き直すかを決めてくれる人がいません。そのせいで、参考書を読んだ直後に正解した問題ばかりが積み上がることになります。この話は間違えた問題はいつ解き直す? 回数と順番にまとめました。

一方、単語帳のカードのほうは、決めてくれる仕組みがすでにあります。だから私の場合は、日付の判断だけはFSRSに預けて、自分は中身のほうに時間を使うという分け方をしています。カードをどう作るかはAnkiデッキ(カードをまとめた束)の作り方に書きました。

私がいま作っている学習アプリでも、復習の間隔はFSRSに任せています。そのうえで、間違えたところからAIがカードを作り直す仕組みのほうは開発中です。今は使える機能ではありません。

なお、ここまでの話は、いま使っている参考書・過去問・予備校の講座や、すでに入れているアプリと併用してかまいません。全部をひとつの道具に寄せる必要はありません。

よくある質問

FSRSはオンにすべきですか?

まず、自分がすでに使っているかどうかを確かめてみてください。デッキ名の横にある歯車から「オプション」を開くと、FSRSの項目があります。そこがオンになっていれば、もう使っている状態です。

バージョンによっては、はじめから有効になっています。古い決め方のままでも学習は成立しますし、慌てて切り替える必要はありません。

私の場合は、Ankiのバージョンアップで話題になっているのを見かけて、自分で有効にしました。開発者だから詳しかったわけではなく、話題になっているのを聞いて触ってみただけです。

目標正答率は何%にすればいいですか?

初期値の90%のままで問題ありません。 迷っているなら、そこから動かさないのがいちばん手間がかかりません。

1日の復習量を減らしたいなら少し下げる、という調整はできます。ただし下げた分だけ忘れる回数は増えます。逆に上げると復習が増え、97%より上は公式も勧めていません(出典: Anki公式マニュアル・2026年7月時点)。「この数字が正解」というものはなく、どれだけ時間を使えるかで決まる数字だと考えたほうが早いです。

「最適化」はどれくらいの頻度で押せばいいですか?

公式マニュアルによれば月1回で十分です(出典: 同・2026年7月時点)。毎日押しても結果はほとんど変わりません。

始めたばかりの頃は、そもそも履歴が足りません。数百回ぶんの復習がたまってから押すと、意味のある結果になります。

「Hard」はどんなときに押すのですか?

思い出せたけれど手こずったときです。忘れていたときは「Hard」ではなく「Again」を押します(出典: Anki公式マニュアル・2026年7月時点)。

やりがちなのが、私のように「もう一度見たいから」で押してしまうパターンです。FSRSは押されたボタンをそのまま受け取るので、その通りに早く戻ってきます。もう一度読みたい内容があるなら、ボタンで調整するより、その内容を別のカードとして切り出すほうが素直です

まとめ

FSRSについて押さえておくとよいのは、次の4つです。

  • 見ているのは、押したボタンと前回からの日数だけ。カードの中身を読んでいるわけではありません
  • 触るつまみは目標正答率ひとつ。初期値は90%で、残りの数値は「最適化」に任せます
  • 設定より押し方のほうが効きます。「もう一度見たい」で押すと、その通り復習が増えます
  • 減るのは復習の回数であって、覚えられる量が増えるという意味ではありません

私の場合は、設定を調べていた時間より、自分がどう押していたかを数えた時間のほうが、結果的に役に立ちました。

今日やることを1つだけ挙げるなら、次の10枚で「思い出せたのにHardを押していないか」を意識してみてください。目標正答率は90%のままで大丈夫です。

AIをどう使うと記憶に残るのか、という全体像についてはAIで暗記する方法 記憶の科学から考える全体像にまとめています。